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2017/08/18 06:20 |
五稜郭芝居2題
2010年10月15日(金) 

長くご無沙汰しました、お久しぶりです。
観たお芝居について、書いてみたくて再開します。
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佐々木譲の原作を舞台化した『婢伝五稜郭』を見てきました。
(グループ虎+10・Quatreプロデュース/六本木俳優座)
★現在上演中 10月17日(日)まで
(2010年10月14日14:00の回を観劇)

戊辰戦争の最終局面・函館戦争のその後を描く群像劇です。
舞台前面を覆う大スクリーンに、鳴き交わすカモメの群れ。
江差追分を歌いながら客席から舞台へ消えた男は榎本武揚。
江差沖に沈んだ開陽丸の引き揚げ・調査を発端として物語は始まります。

五稜郭降伏を決断する榎本。
降伏に納得せず共和国の理想を追って出奔する兵藤。
これを追う討伐隊の隅倉。
官軍側に身を置きながら、やがて兵藤に共感してゆく矢島、竹富。
官軍の威を借り傍若無人に殺しまわる武士・大河内、酒田。
その犠牲となった青年医師井上の仇を討つ看護婦・志乃。
漁場の益を独占し、アイヌから収奪する近江屋。
近江屋の手からアイヌ娘クヨンテを救う手品師松旭斎天良一座。

このような登場人物を軸に、奮戦する中島三郎助親子、会津の生き残りの女剣士、
ロシア人農場主、アイヌ青年、等など実に多くの人物たちが関連しあい
入り乱れて物語が展開します。
旅の一座は、ストーリーに関与するように見えて、実は
狂言回しとして事の成り行きを見守る目であり、伝える口です。
エピソードの断片を拾い上げ、状況を解説し、講釈師として語る
舞台化にあたって書き加えられた、原作にはない登場人物です。

アイヌシャーマン風女性を中心に若い女性集団がダンスで情念を表現します。
劇中の死者はひとりひとり、この集団に囲われて舞台を去る。
暗転を避け、葬送の儀礼が演出されます。

第2幕の幕あきは、再びスクリーン。
長い髪を右に左に激しく振るアイヌ女性群の伝統舞。
物語は急展開に収束し、誰も彼もが、実に多くの人が死に、
残されたものは、風のうわさと、伝説。

終幕は再び、開陽丸が沈む江差の海。
老婆が指さす波のかなたから、一座を先頭に死者たちが大挙して姿を現し、
その幻がそのままカーテンコールとなります。
私たち観客は、死者が語る物語に耳を傾けていたのであり
芸能を担う者は時空を超えて死者の代弁者、というくくりです。
登場人物50名近く、休憩10分をはさみ2時間50分の大作。

このように書くと、重くシリアスな演劇に聞こえますが
見た目はとても華やかな娯楽作品。
人気グループ10・Quatreのイキのいい殺陣。
随所に盛り込まれたダンス。旅の一座のとぼけた雑芸。
そしてなにより、若者、中堅、テダレの各層揃った役者のバランスが
舞台の熱気を生んでいます。
典型的な悪役がこんなに楽しい芝居を久しぶりに見ました。

さて、去る8月、同じ五稜郭を題材とする佐々木譲作品の舞台化公演がありました。
『五稜郭残党伝』(劇団さっぽろ/函館市芸術ホール)
(2010年8月14日13:00の回を観劇)

降伏の前夜、五稜郭を抜け出して北海道の奥地へ向かうふたりの男・蘇武と名木野。
官軍の残党狩り隊長・隅倉兵馬。(『婢伝』と同じ登場人物)
逃避行を支え、ともに行動するアイヌ青年・シルンケ。
運上屋支配人の非道を逃れて一党に加わるヤエコエリカ。

『婢伝』が五稜郭の時代をめぐる多くの人間の群像劇であるのに対して
こちら『残党伝』は、この5名が北海道を東へ縦断する旅の物語です。

蘇武は、賊軍と呼ばれることを受け入れず、
流浪する中で、虐げられるアイヌに出会い、
長崎から逃れてきたキリスト教徒集団の惨状に遭遇し
身を以って新政府の理不尽を体感、確信して駆け抜ける。
そのバトンを受け継ぐのは、
死んだシルンケの子を身ごもって国後に希望をつなぐヤエコエリカです。

西部劇やロードノベルの要素を下敷きに書かれた原作は
活劇的なエンタティメント性のある作品ですが、
上演台本は、佐々木の小説の重要な場面、重要なことばを忠実に拾い、
馬が駆け、川を渡るようなシーンは、その場面の意味を守って書き換えてあります。

その結果、「言葉」が際立つ舞台となっています。
野営の焚き火を囲んで語りあうキャンプファイヤートークや
蘇武の心情を吐露した文書、
国後の島影に向かって決意を告げるヤエコエリカのつぶやき。
そのような「肉体を持った言葉」が際立つ、寡黙な舞台です。

公演会場は、まさに作品の舞台・五稜郭公園の一角。
アイヌの儀礼作法などは正しくアイヌ民族の指導を受けて演じられました。

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ひとりの作家の世界が、異なる場所で、異なる作られ方で
ふたつの舞台作品となり、その両方を見ることができたことは素晴らしい幸運でした。
だから、どうしても両者を比較してしまう。
大きな違いは、もちろん、この物語世界に対する「距離」です。
 
『婢伝五稜郭』の演出家・高橋征男がパンフレットに書いていますが
今回の座組は(俳優、スタッフを含め)年齢差が50を超えるという。
これは「遠い北海道の、遠い昔の物語」ではない、
同じ「生きた人間」の物語なのだ、ということを共有するための
工夫や演出が随所に、特に第1幕に多い。
なにもそこまでまぜっかえさなくてもいいのに、と思われるほど執拗に、
時空と認識の距離を意識させるつくりです。

コーヒーと地球儀をこよなく愛する榎本の人間像。
サケと新鮮野菜のシチューに歓声を上げ、サケよりホッケが食べたいとさわぐ娘たち。
苦いものは苦手だとコーヒーを拒否する殺し屋。
会津での想い出話。
そんなところに、ほっとするような親近感の土台を築いたうえで
理念と流血の物語を語る。
それが『婢伝五稜郭』が目標とするところであったでしょう。
その狙いはどこまで達せられたか。
本州在住の若い人たちに話を聞いてみたい、
と同時に私自身への問いかけとして受け取りたいと思います。
 
先月、9月25日・26日に江別市で
『はるかなるイプツ~江別~』という芝居が上演されました。
(劇団ドラマシアターども公演/江別市コミュニティセンター)
(2010年9月26日13:30の回を観劇)

明治9年、樺太から移住させられた854人のアイヌの人たちが
石狩川をさかのぼった現在の江別付近に住み、
そのうち約300人が、函館から広まったコレラ、天然痘によって亡くなったという、
あまり語られていない史実を扱ったもの。

この作品を発表するに当たり、また上演後の現在も、
作者のもとには、様々な情報や反響が寄せられているそうです。
四代にわたって密かにこの事実を語り伝え供養してきた人の話、
樺太アイヌの末裔の話、未だ公開されない資料のこと等など。

明治以降140年、北海道は歴史が浅い、と常に言われ続けますが、
歴史がない、のではなく、語られていないだけではないのか。
そのような視点が、いま身の回りで、様々な形で湧き起こっているように思います。
つまり『五稜郭残党伝』は、作品世界が物語の彼方にあるのではなく
自分たちの足元にひたひたと押し寄せる場所でつくられたわけです。

そのエネルギーを、演劇作品のなかにどのように位置づけられるだろう。
「この場所」から発信する演劇は、どんな可能性をもてるだろう。

日帰りで『婢伝五稜郭』を見て、帰途千歳に降り立つと
ひんやりと引き締まった空気が私を迎えてくれました。
札幌へ向かう車窓を
血がにじむかと思われるほど赤い上弦の月が追ってきた。
やはり、ここは別世界だと感じた。

佐々木譲さんがそうであるように
私たちは、そこかしこに複数の軸足を持ちたいものだと思いました。  
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2010/10/15 13:42 | Comments(0) | TrackBack(0) | 未選択

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